女の武器というのは何も性的なものばかりじゃあない。
厳密にいやあ、それもまた“男女”という区別あっての融通だが、
女性しか入れないところでの、
ちょっと気が緩んでいればこそ
ぶっちゃけた情報が収集出来よう機会だってあるし、
特に限定された鍛錬をしていなくとも
数多ある化粧品の匂いで慣れていて花の種類を多めに知っていたり、
身体が柔らかいので狭いところに潜り込めたりと、
それもまた個人によっての差のあることかもしれないが
平均値的に女性の方が向いてることというのは結構あるもので。
上手に応用を利かせられりゃあ、立派な武器となってくれるそれらを駆使し、
膂力で勝る男どもの鼻を明かすのも造作なかったりする。
とはいえ、判りやすい付け込み方としては、
女性ならではな蠱惑を醸してぐだぐだに蕩けさせてしまうとか、
そこまで行かずとも油断を誘って打ち解け、
甘えかかって情報を引き出すなんてのが手っ取り早かったりするのは。
考えようによっちゃあ、世の男衆の大半がどれほど女性に甘いか、
いやさ、敵は世間知らずに違いなく、腕力同様 頭も弱いと高を括り、
どれほどなめてかかって油断しまくりかってことなのかもしれない。
「でも、そういう策を使うにしたって
ディープな情報を得るには相手の懐まで入り込まなきゃなんないから、
手間やテクが要るんだよねぇ。」
「そうさな。口から生まれた手前でも、
結構やらしいこと我慢して相手にさせてた時期もあったしな。」
忌々しい話なのはお互い様か、
細い指がなお細く見える真っ黒な手套を嵌めたまま、
緩やかなカーブを描くグラスの細い脚を手に、
敢えて隣の止まり木に腰かけている連れを見ないでいる中也だったりし。
そんな見るからにという突っ慳貪な態度を、こちらも斜に構えた視線で眺めやり、
「露骨な言い方しないでよね、
これだから組織の女はロクなもんじゃあない。」
どんなに呑んでも酔わないくせに、
薄く作った水割りで唇を湿すだけにしている太宰嬢が、
やや挑発的な物言いをするのは、
あくまでも下出に出てはないという意思表示か、
それとも単なる相性で
この相手へはついつい感情的な物言いをしてしまうというところの表れか。
それが証拠に、さほど憮然ともしないで
「今の今 有難く使ってるスキルのほとんど、
その“組織”で磨いた奴に言われたくないんですけど。」
即妙なお言いようで言い返した黒服の女マフィア様、
ワインの赤ではない、やや濃い目のルージュに潤んだ口許をちょっぴり歪めると、
「で? 何の情報が欲しいってわけだ?」
通話や電子書簡では訊けなかろうこと、
わざわざ本人が中也を呼び出して直接訊きたいことというと限られる。
なるだけ信憑性が高い確実なもの、
情報交換がなされた痕跡を残したくないケースであること、
であるにもかかわらず、
順を踏んでちゃあ間に合わないという“速さ”が求められていること。
“こいつには従順な芥川でも、
機密に関しては そうそう漏らすまいし。”
当人の実は融通が利かない気立てや、
表情を動かさぬことでは歳に似ない鉄面皮ながら、
あんな人知りませんという庇い立てになろう
小娘の演技を見抜かれないはずがないほど、
ポートマフィアが底の見えない魔物揃いの伏魔殿だってこともある。
それに、
“そもそも、まずこいつの側でそういう駒として利用したがらねぇだろうしな。”
後々、マフィア内部で機密の漏洩者として追い詰められて、
その立場を失くされたり、逆に太宰への餌にと流用されるようでは何にもならぬ。
そういった、利用価値が下がるとかどうとか打算の話じゃあなく、
単純な話、そんな余計な側杖や葛藤で苦しめたくはない、
何ならこのまま掻っ攫って、自分の守備範囲へがっつり囲って守りたいほどに大事な愛しい子。
よって、頭を下げるのは業腹ながら、
逆にいやぁ、敦という文字通りの“虎の子”を盾にして揺さぶる手もあろうに、
そんな手間も惜しいほどの、ただただ急いでいることを最優先。
結構コアな情報欲しやでの接触だろうと踏んだ中也であり。
そして、
だとしたってそんな事情はあくまでも太宰の側の勝手なのであり、
知るかと無視して振り回したってよかろうに、
若しかしてその敦嬢も危険な渦中に居るのやも知れぬと思うてか、
話を訊こうじゃないのと水を向けてきた中也だったことへ、
「そう来なくちゃあねvv」
にんまり笑ったわざとらしさが、面倒なんだよなぁと。
複雑怪奇なところは変えようがないのかねなんて、
素敵帽子のお姉さまに“やれやれ”という溜息つかせた
おんな孔明こと、探偵社の策士さんだったりするのである。
◇◇
太宰嬢が余裕を見透かされそうなほど急いでいたのも道理、
こたびはちょいと厄介な、最新式の錠前付きの金庫の扉と立ち向かっていた
武装探偵社のお嬢さん方であり。
荒事の方は軍警の方々で何とかなった案件らしく、
だというに詰めのところで証拠物件を取り損ねた。
様々な大物との癒着を証拠立てるための写真や音声データ、
そりゃあ生々しい証拠の数々を
他の捜査にも使えるとのほくほく顔で接収しかけていたというに。
ちょっとした油断というか手違いから目と鼻の先で奪り損ね、
しかもしかも、検挙せんとマークした対象組織の上層部、
ほにゃらら会とやらの金庫に仕舞われてしまったというから笑えない。
「持ち出しやすかろと、バレッタに見えるよなUSBメモリへ情報をコピーしたら、
それをそのまま宝飾品と勘違いしたメイドさんが、
上層部とやらから遊びに来ていたお嬢さんの私物だと勘違いしたらしくてね。」
勘違いの二乗。
そりゃまた難儀な方程式だねぇと、名探偵嬢が皮肉を込めて言い放ち、
推理も何もない、どこにあってどれほどの証拠かも明白で、
物理的に取ってくりゃいいだけという按配なのだから、それこそ荒事の得意な貴女方なら
「え〜え、わたくし共に掛かれば、
そんな案件もほんの手遊びですわとカッコつけて来たけれど。」
事務員筆頭、社長秘書待遇の春野さんが
日頃の穏健さは何処へやらで珍しくも目を吊り上げたほどに。
何とも身勝手、どうしようもなくなってから丸投げされてきた案件といえ。
「大元のデータが入ってたPCは見事に物理的に破壊されてたからねぇ。」
実物を見て来たらしい乱歩嬢と太宰が、
半分ほどは呆れてだろう悪戯っぽく笑って やれやれと肩をすくめ、
「そのメモリに写し取った写真や音声データの数々が要りようなのだよ、と言われてもね。」
「もっと根性出してサルベージしろっていうのだよ、もうっ。」
異能特務課のサイバー班に掛かれば、
彼らにしてもまた大変な仕事ながら それでも諦めずに食らいついて何とかする。
機密なだけに外部の専門家に頼れないならならで、
今の時代、荒事にのみ特化した 何とかいうややこしい部隊を抱える度量を発揮して、
そっちの天才も発掘しとけと、
15巻ネタをついつい引っ張ってきてしまったりするお怒りもさておいて。(おいおい)
引き受けちゃったんならどうにかしましょうと、
谷崎さんが手持ちの情報網を最大限に駆使して現状を掘り下げ、
そのほにゃらら会の“隙”を探ったところ。
「名目としては親睦会と銘打った、
レセプションというかパーティーというかが催される予定なようです。」
ほにゃらら会とその配下や傘下組織とが顔つなぎを確認し合うよな宴席があるというので、
そのパーティーに潜入する格好、
ある者は少し前から見習いとして潜入していたケータリング会社の配膳係として、
ある者は幹部格の兄貴の情人代理のコンパニオンとして、
またある者は、警備会社の連絡係として…などなど etc.
様々な方向から本拠である邸宅へ潜入し、
屋敷が崩れても金庫だけは居残りそうな頑丈さ、
錠前も最新式という厄介な関門を相手に、
一見するとビジュウを幾つもはめ込んだバレッタ風の、
USBメモリを奪取しなくちゃならなくなった。
「…つか、何でまたそんなややこしい見栄えのメモリを、
その組織の人らも金庫へ仕舞い込んだのかなぁ。」
何だこりゃというチェックで弾かれてないのは何故?と、
小首をかしげた敦嬢や賢治ちゃん、鏡花くんだったのへ、
「そっちはあっさりした事情だよ。」
乱歩さんが眉間にコイルを作りたそうなほど、迷惑なという渋面作って教えてくださり。
「ガサ入れが入った組に想い人がいたらしくてね。」
親御はもっと実入りのいい相手ならともかくなんて反対していたが、
そんなの知らないと、こっそり遊びに行ってた。
そこへの検挙騒ぎに紛れ、
バツが悪くてか、それともこれ幸いにか、
そのお嬢さんたらイケメンと手に手を取ってバリ島へ高跳びしちゃったらしくてね。
「そんな騒ぎ知らないと高を括っても無駄だよとする証拠品にって、
他はしっかり極秘書類なあれこれと一緒に、金庫に入れちゃったらしいよ。」
「うわぁあ、はた迷惑な。」
何だそのアットホーム(?)な事情はと、
宴席の当日に潜入する実行班に回されよう、敦や谷崎さんが呆れたような顔になる中、
「冗談抜きに時間が欲しいな。」
敦ちゃんが虎の腕力で叩き壊すにしても、
空腹な賢治ちゃんが以下同文でこじ開けるにしても、
乱歩さんの割り出した強度計算によれば 一撃で御開帳とはいかない
粘性樹脂を何層にも練り込まれた特別製の代物らしいですし。
振動なり打撃なり刺激を与えたそのまま、
凄まじい警報音が屋敷中に鳴り響くといいますから
こっそり奪ってったという仕立てにはできません。
消失したものから色々洞察されて、
関係筋との縁を一旦切られる等々、先に手を打たれては
それこそ私たちの無駄働きになってしまって業腹ですしね。
「で、錠前がまた厄介と来た。」
「新型ランダムキーパー、か。」
鍵として使うのが、分刻みで暗証番号が変わるという、
最近お目見えのランダムタイプな特殊メモリ。
花袋という社の秘密兵器を想起し、
錠前側へのハッキングというアプローチも考えはしたが、
「設定変更には、担当者数名の同意が要るんだ。
ハッキングを仕掛けた結果としてCPUへの緊急変更の要請をすれば、
残りの担当者へ認証しますか?って恰好での通知が行くから、それがある種の警報になる。」
鏡花くんの夜叉白雪で瞬殺仕掛けて切り刻むとか、
それなら敦ちゃんの月下獣の爪も一閃ですぱりと扉を切り離せるんじゃあ?
「肝心な証拠物件まで刻んだらどうするのだ。」
「う…。」
設定変更はしないまま、正当な鍵をもて解錠すれば問題はない。
準備段階という限られた日数の中での潜入捜査の甲斐あって、
当主と秘書とでマスターキーと合鍵とを持ってるらしいというところまでは判ったものの、
「当主殿は結構隙もあるお人だから、
何なら一旦偽物とすり替えてという手も使えなくはないが、
宴席当日は視線が集中する御仁なだけに、近づいて掠め取るのは至難の業だ。」
邸内に設置されている監視カメラに証拠が残っちゃうかもだしねぇと、
皆して眉を寄せ、
「秘書さんはそれこそ隙の無い御仁だからなぁ。」
あ、でもこの人の顔ってどっかで見たなぁ、えっと。……あ。
「そっか、ポートマフィア傘下のカジノだ。」
to be continued.(18.08.20.〜)
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*またまたにょたちゃんたちのお話で恐縮です。
いい加減にしろというお声も聞こえて来そう。
女の子である意味があんまりない話をだらだら書いてましたものね。
そこを挽回したいというか、ちょっと考えてるネタの前振りというか…。
どちらにしても要精進です、はい。

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